この男は、目に見えない何か厄介なものを抱えているらしい。
もう少し傷が深ければ神経を切断していた。
府に落ちないのは、里内で忍同士の人傷沙汰が起きたというのに火影が動かないということだ。
医療班を呼び出したのだからある程度の報告をしなければならない。
執務室に出向き、カカシは火影にかい摘んで事情を説明をしたが、当の火影は聞いているのかいないのか反応は鈍かった。
ゆっくりと休ませてやれ、とだけ言うと火影はカカシに退室を命じた。
何故詳しく事の顛末を聞きだそうとしないのか。

イルカは出血がひどく、輸血をした後、点滴の管を更に腕に繋がれた。
腕の内側は外に露出している肌の色よりも思いのほか白い。それが返って痛々しさを増していた。
血を流した後はひどく眠くなる。
貧血がひどく、今も目の前でイルカは泥のように眠っている。
家族も肉親も居ないというので、カカシはなんとなくイルカに付き添っていた。
時々辛そうにイルカの瞼は引くつく。
夢も見ないほどの深い眠りだろうに、それでも苦悶の表情をイルカは浮かべている。
カカシは居間で何が起こったか実は余り良く覚えていない。
ただ、イルカの体温と浴びた血潮の熱さだけが感覚として残っている。
自分が正常だとは思っていないが、イルカも普通ではない。
ひくひくと瞼が痙攣を繰り返し、きつくイルカの眉根が寄った。
苦痛に満ちた表情でイルカは覚醒した。
しばらくぼんやりと視線は室内を彷徨い、やがてカカシを見止めた。
「すみませんでした」
掠れた声でイルカは言った。
「でも、あなたは自分を責める事などないんです」
その確信めいた力強さは何処からくるのだろうか。
「どうして?」
係わるのを極力避けようとしていたのに、気付けばカカシはイルカの話を聞いてみたいと思っていた。
「任務には、綺麗も汚いも無いからです。任務は任務です」
そこでイルカは苦しそうに息継ぎをした。
「任務に忠実である限り、どんな忍も胸を張っていればいいんです・・・・」
「人の生き死にに翻弄されるような弱い人間に、俺は見えた?」
自嘲気味にカカシはイルカに問う。
「いいえ・・・・。あなたは優しすぎるんです。可哀想に・・・・」
昨日までのカカシなら、イルカの言葉を聞いた瞬間に激昂しただろう。
でも今は、イルカの言葉はスッとカカシの心に染み渡った。
「俺は、可哀想かな・・・」
「ええ、あなたほど綺麗で可哀想な人を、俺は見た事がありません」
暖かな体温を感じてカカシが視線を落とすと、イルカが包帯に包まれた手でカカシの冷え切った手を掴んでいた。
今度はカカシはその手を振り払わなかった。
「でも、俺は・・・・」
やはり、悔やんでいるのだろうか。
人の命を任務とはいえ奪う事を。忍が相手ならまだしも、民間人を手にかける時は心がざわついて冷静さを欠く事は否めない。
しかしそれは忍としてあってはならない事だろう。
忍としての価値が無くなったら。自分には何も残らない。
無意識にカカシはイルカの手を握り返していた。
ジワリと真っ白な包帯に血が滲み始める。
その鮮やかな赤にカカシは我に返った。
「ごめん・・・・」
急いで止血をし直そうとカカシは包帯を解く。
スパリと真横に引かれた傷口は再び鮮血を滴らせていた。
「カカシさん」
イルカがグッと傷ついた掌を結ぶ。
爪の先でイルカは更に傷口を抉った。
更に勢いよく鮮血は溢れ始める。
「何して・・・!」
「あなたに咎があるというのなら、俺が受けます。だから、お願いだから、俺を傷付けてください。俺を責めればいい」
「何で、其処まであんたが・・・・」
カカシは言葉を失った。
イルカは無表情のまま滂沱の涙を流していた。
「俺は、ずっと・・・。責められたかった。誰かに罰して欲しかった・・・・」
その後自失して何の反応も返さなくなったイルカをカカシはどうすることも出来ず、看護士に後を任せた。




イルカが何か問題を抱えているのは明確だった。
カカシの中でイルカはいつも太陽にように笑い、子供達に囲まれていた。
屈託ない笑顔には一点の翳りも無かった。
それは全て作られていた物なのだろうか。
「何があったんですか」
カカシの目の前で里長は無言で鉛管から煙を燻らせている。
「あの人に何があったか知っているんでしょう」
「知ってどうする」
火影は真っ直ぐにカカシを見据える。
その眼光は鋭く、カカシは我知れず姿勢を正した。
「あの人は・・・・」
声も出さずに泣いていた。
罰して欲しいと。泣きながら自分に縋っていた。
「あの人は、俺に助けを求めてきた・・・・」
「だから、お前がイルカを救おうというのか」
カンと、火影が煙管を机の端に叩きつけた。
硬質な音がカカシの耳に突き刺さる。
「自分の身一つも持て余すお前が、他人を救おうなどと自惚れるな」
火影の言葉にカカシは息を呑んだ。
そうだ。自分の事すら持て余しているというのに。
イルカを救いたいと自分は思っているのか。
「あやつの過去を暴いてどうする。お前にイルカの闇を背負う覚悟があるか」
カカシは即答できなかった。




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